2007年 03月 11日
ニコラス・ギャラガンは、厳格で丁重な父親と優しい母の揃った家で育ち、ホームドクターの父の跡を継ぐべく医者への道を歩んでいた。しかし単調で窮屈な空気と時間に耐えられず、どこか全く違う場所で人のためになる仕事をしたい、人とは別の事がしたい、とウガンダの診療所の仕事を選ぶ。都会の病院とは違って、設備も薬も全く不足していて、住民たちの信頼も得ているとは言いがたい状況ではあったが、ニコラスは懸命に働く。 ニコラスがウガンダに到着したのはアミン率いる軍部によるクーデター翌日だった。アミンの尋常ではないエネルギーと無類の人なつっこさが、ニコラスを惹き付ける。危なくも妖しい魅力があるものに、若者は惹かれるものだ。だが、この場合はその魅力があまりにも危険な結果を招くことになるが、ニコラスにはまだわからない。 偶然アミンの傷の手当をすることになったニコラスをアミンは気に入り、主治医及び顧問として重用するようになる。最初は戸惑うが、豪勢な生活と、人から敬われる気分や、人の上に立つ快感等から逃れられるほど、彼は世知に長けていない。アミンという名の麻薬にはまるようなものだ。周囲の忠告にも全く耳を貸さずに、今が人生最良の時、とばかりに日々を楽しんでいた。しかし破滅の時は着々と近付いてくる、ニコラスには余り時間が残されていない。アミンの狂気の帝国自体にもひびが入り始めている。 アミンを演じたフォレスト・ウィテカーはこの演技でアカデミー賞主演男優賞を獲得。授賞にふさわしい迫力演技でした。彼の目に宿るのは、狂気と無邪気な幼児性、それがはっきりと見えます。指導者であると同時に皆と同じ地面に立つ人間なんだよ、と国民を安心させ、その裏で政敵や気に入らない人間、民族を惨殺していく。何を考えているのか、何を目指しているのか、誰にもわからないし止められない。ニコラスは自分なら止められると思っていたけれど、それは間違っていた。 ニコラス役のジェイムズ・マカヴォイはもう一人の主役といってもいいくらいの存在でした。若者らしい正義感と野心でウガンダへ来たところまではよかった、あのまま診療所に留まり、現地の住民たちの治療と教育に携わっていたら、ひと粒の麦的ではあっても、誰かの役に立ち、達成感を得て帰国できたでしょう。でもアミンの魅力の罠にはまってしまった。 アミンの前に立つと、まず警戒心が先にたつ。動物の勘のようなものが働いて、この人に近付いてはいけない、とアラームが鳴る。診療所のサラ(ジリアン・アンダーソン、スカリーはすっかり映画女優だ)はそのアラームに従っていたけれど、彼女より若くまだ純粋だったニコラスには、聞こえなかった。マカヴォイの蒼い瞳には様々な色が見えます、戸惑い、羨望、もっと覗いてみたいという心、特権を満喫している満足感、でも最後には何も見えないくらい濁ってしまった。生きて帰れるのかどうかもわからない、最後に浮かぶのは、恐怖と失望の色か。 途中ニコラスに忠告をして無視される英国の高等弁務官としてサイモン・マクバーニーが出ていました。彼の主宰する『テアトル・ド・コンプリシテ』はもう来日しないのかな、「ストリート・オブ・クロコダイル」は信じられないような舞台だった…とはいっても、映画の中の彼は普通のおじさんですが。 監督はケヴィン・マクドナルド、「ブラック・セプテンバー/五輪テロの真実」「運命を分けたザイル」等のドキュメンタリーが印象に残るスコットランド人。脚本はヘレン・ミレンの「クィーン」も書いてるピーター・モーガン(オスカーの時キュートな感じでした)。 最後まで息をつかせない125分、お薦めします。
by atsumi-6FU
| 2007-03-11 15:07
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